僕らが新たな思いを胸に朝食をとっているときだ
ドンドン
いきなり扉を叩く音が部屋に響く。
僕は朝早くから誰だろう?と思いながら扉を開けると、そこには頭を下に向けて肩で大きく息をしている見た目15、6歳ぐらいの青年が立っていた。
「ハァハァ…よ、よかった……間に合って…すい…ませんが…みず、水をくれませんか?」
途切れ途切れに話すと疲れたのか青年はその場に座りこんでしまった。
僕は青年を部屋の椅子まで担ぎ込み、言われたとおりに水を与えて彼の呼吸が整うのを待った。
「すいません、こんな朝早くからお伺いして。用件は……」
しばらく沈黙が続く。
必死で思い出そうとうなっている姿からわかるように、たぶん忘れてしまったのだろう。
僕はまず彼が誰なのか聞こうと思って声をかけようとしたけど、彼の方が一足早かった。
「あ〜そうだ。この村の村長が昨日の怪物を退治した件に対して、直々にお礼がしたいとのことです。あなたがたがお急ぎではないのでありましたら会っていただけませんか?」
村長?僕としては全然感謝されるようなことをやってないけど……回答はセブネルさんに任せようと思い、視線をそっちに向けた。
少ししてセブネルさんの口がゆっくりとひらく。
「考えてみれば、この宿の代金とか払えなかったからお礼をもらったほうがいいんじゃないかな?」
僕とティアラはその意見に同意した。
その返事を聞くや否や青年はコップに入っている水を飲み干し、ドアの前まで行くと振り返り満面の笑みを浮かべながら
「朝食の途中でしたね。入り口で待っていますので食べ終わったら来て下さい。村長の家までご案内します。」
と言って、青年はまた走り去った。
それにしても宿の代金なんて考えてもみなかった。
確かに家から出て行くとき僕たちは何一つ持ってきていなかった。
もちろんお金もだ。
このまま払えなかったらどうするつもりだったのだろう。
夜逃げ?それで捕まったらダース退治どころではなくなるな、と考えながら僕は朝食をとり始めた。
入り口に行くと先ほどの青年が待っていた。
「では行きましょう。あと先に申し上げますが、ここのお代は僕が支払っておきました。」
青年は僕たちが朝食を食べ終わるまでに村長に会って宿について話したのだろう。
その証拠にさっき出るときに乾いていた服が汗びっしょりになっていた。
歩いて5分くらいしただろうか。
村の中心からだいぶ離れて僕みたいな農家が訪れることもないような住宅街で青年が歩くのを止めた。
青年からここですと言われて指を指す方向に目を向ける。
村長というから大きな家を想像していたのだが、周りと比べてもさして変わらないレンガ造りの小さな家だった。
お礼というお礼は期待できそうになさそうだ。
ガチャ
「モニカ、さっき話した人たちを連れてきたよ。」
「書斎までお連れして下さい。」
青年は手馴れた動作で書斎へと僕たちを招き入れる。
書斎に着くまでに家の中を見渡すが予想通り至って普通。
しかし一つ普通の家と違うところがあるとしたら、玄関から続く廊下をまっすぐ進んだ先の部屋、おそらくここが書斎なのだろう。
そこにある机の上に沢山の書類が積み重なって机の両端に高い山ができていることだ。
書類の山と山の間に人がいる。
部屋に入るまで気づかなかったが僕はその人物を見て驚いた。
それは村長が見た感じ20歳ぐらいの若い女性だったからだ。
村長っていったら爺さんか婆さんというイメージがあったけど、こんな若い人でもなれるんだな。
後ろの方でドアが閉まる音がした。たぶんさっきの青年が部屋を出るときにドアを閉めたのだろう。
僕たちは机と平行になるように並び、セブネルさんとティアラが若い村長に一礼するのを見て、慌てて僕も頭を下げる。
「私がコイラの村長のモニカです。昨日のことは村の人から聞きました。あなた方のおかけで、この村を奇怪な怪物から救ってくれたそうで……村を代表してお礼を言わせてください。本当にありがとうございます。それにしてもその怪物はなんだったのでしょう。何かご存じですか?」
モニカさんの見た目とは裏腹に口調や喋り方は僕の村長というイメージそのものだった。
ティアラが一歩前に出る。
「その怪物はダースと申します。」
「ダース……聞いたことがありませんね。あなたはその名をどこで聞いたのですか。」
モニカさんは興味しんしんに言った。
「その話をするには少し私のことを話す必要がありますね。私の名はティアラと申します。今から400年前の西の国から時を越えてこの時代に来ました。ダースについては我が国に訪れた予言者ラオ様が、この時代のダースを滅ぼさなければ我が国は滅びるというお告げと共に話してくださいました。」
昨日、僕たちはティアラからこの想像もできないような話を聞いて目を丸くした。
当然モニカさんも驚いた様子だったが、突然席を立ち近くの本棚から1冊の本を取り出した。
机に置いたその本は非常に分厚く表紙の汚れ具合からかなりの年月が経っていることが分かる。
「この本は、今日あなた方をここまで連れて来て下さった子の兄が大切にしていたもので、彼が言うには先祖代々受け継がれてきた歴史書だそうです。私も彼からたくさんの話を聞きました。私が村長でいられるのもそういった文明の発展や国家の成り立ちなど歴史を通じて学んだからかもしれません。」
モニカさんは一旦話すのを止めて、昔の思い出を振り返るかのようにページをめくり始めた。
「その中でも私と彼が興味を持ったものが今から400年前に起きた東西戦争でした。――はるかむかし、私たちが住む『シェイドリア』という星は大きく分けて、東西二つに分かれていた――という冒頭から始まり、最後には大勢の人間が死んだという悲しい話はこの星の人間なら誰もが知っている有名な話です。」
確かにこの話は戦争の悲惨さを訴えるために多くの人間に語り継がれ、僕も小さい頃、何度も近所のおじさんやおばさんから聞かされたことがある。
「しかし、その話とは別に歴史に名を残す人物がこの時代にいました。その人物こそ、先ほどティアラさんがおっしゃった予言者ラオです。予言者ラオはその卓越した能力を生かし多くの予言を残してきました。」
ページをめくっていた手を止め、ある一文に指を置く。
僕はその文を見たが複雑な形をした文字で書かれていて読むことができなかった。
「そしてここに書かれている文は予言者ラオが最後に残した予言です。『空から赤き岩振り落とされし時、地下に眠りし大いなる災い目覚める。その災い、人の闇から生まれし怪物なり。名を……。』」
「ダースと言う。」
モニカさんがその文を指でなぞりながら話していたが、途中から重なるようにティアラも声を出し、最後の「ダースと言う」はティアラだけが言っていた。
「やはりこの最後の一節にはダースが当てはまるのですね。ずっと解読出来ないでいたのですが、ティアラさんの会話からもしやと思ったのです。そしてこの文字は西の国の魔導師が使う詠唱を文字にしたもので魔導師がいない今、この文字を使う人はいなくなったのですが、目の前にいるティアラさんが難なく読むことができる。それはティアラさんが400年前の魔導師だったことを示し、これで時を越えたという話も納得します。疑っていたわけではありませんが、いきなり夢のような話を信じろと言われても何か証明できるものが無ければそれが事実かどうか見極められないでしょう。さて、そうと分かれば村を救ってくれたお礼としてあなた方の旅の力になりたいのですが……何か手伝えることはあるでしょうか?」
ここまでずっと黙っていたセブネルさんが口を開いた。
「やっとその話になったか。どうも歴史とか苦手でね。それでお礼の件だけど、俺たちはコイラ近くで農業を営んでいたんだが2日前の夜にダースに襲われて必死の思いでここまで来て、その途中でこっちの時代に来たばかりのティアラと出会ったから旅を始めようにもお金はもちろん何か売る物も持っていない。だから何日か分の食料といくらか旅費が欲しいんだが。」
「そうでしたか……しかしこの村も豊かな村とは言えないので、食料や旅費をだすにしても充分とは言えないでしょうが、とりあえず隣の村までの分は用意しましょう。」
僕はもしかしたら食料やお金がもらえないんじゃないかと思っていたが、先ほどの言葉を聞いてこわばっていた表情をゆるめ安堵の笑みを浮かべた。
さらにモニカさんは話を続ける。
「あと旅を続けるおつもりなら、ティアラさん、あなたの服装は目立ちます。あなたがいた時代から400年が過ぎて両国の仲は良くなりましたがまだそれをよしとしない人も残念ながらいるそうです。だからその格好で町を歩いていてはいつ襲われるかわかりません。それに後ろの2人も作業服では動きづらいでしょう。そうですね……少し待っていてください。」
そういうとモニカさんは少し部屋を出ていき書斎の外にいた青年に用事を告げた後、再び部屋へと戻って来た。
「今、あの子に食料と旅費を用意するように頼んだので後であなた方が泊まっている宿に届けますね。だから私たちは新しい服を買いに衣服屋に行きませんか。」
もう2年以上共にしている作業服に目を向ける。
襟や袖はほつれ、あちこちに継ぎ接ぎの跡が見える泥まみれの作業服。
今までこの服を着ていて困った事なんてそうないが、いつ何が起こるか分からない旅、この服で大丈夫だという保証はない。
ここはモニカさんの言うとおり新しい服を買ったほうがいいのかもしれない。
僕はモニカさんに向かって頷き、2人も新しい服を買うことに賛成した。
こうしてモニカさんに連れられて僕たちは衣服屋へと向かった。
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宿の鏡の前で先ほど買った新しい服に袖をとおす。
サイズがちょうどよいのを確認してから、腰のベルトにつけた鞘に剣をいれ、ベッドの上に置いてある荷物を背負った。
最近はずっと作業服しか着ていなかったからかな。
なんか久しぶりに新鮮な匂いがする。
さぁ出発だ。
力を込めて、ドアを開け放った。
村の出口まで行くと先に宿を出たセブネルさんとティアラ、そしてモニカさんが立っていた。
「次の村までここから5日ほど歩けば着くと思います。それまでの道中ダースだけでなく獣にも注意してくださいね。それと、折り入ってお願いしたい事があるのですが、えっとさっき書斎で見せた本の話はしましたね。ある人の大事なものだと。ですが今あの本は私が持っている。それは彼が歴史の研究のために旅立つ時、突然の別れに悲しんでいた私に『いつかかならず俺の大切なものを取りにこの村に帰ってくるから。』と言ってこの本を渡してくれたからです。しかし彼がこの村を出てから3年、何の音沙汰もなく。正直私は彼が無事なのかどうか心配なんです。だからあなた方が旅をしている間に彼を見かけたら便りを送るよう言ってくれないでしょうか。」
モニカさんは目に涙を浮かばせながら言った。
「見ず知らずな俺たちに充分過ぎる程の旅の準備をしてくれたんです。あなたの想い、必ずあの本の持ち主に伝えます。」
セブネルさんは拳を体の前に出して言った。
「ありがとうございます。彼の名はストリクトと言います。容姿は3年も経っているので分かりませんがたぶん今でも茶色の長髪で、度がずれた眼鏡とここの気候に似合わない分厚いコートを着ているでしょう。そして彼に会ったら『癒しの力』と言ってください。その言葉で彼もあなた方をことを私の知り合いと思いますから。それではよろしくお願いします。」
最後に旅の無事を祈ってもらい、僕たちコイラの村を後にした。
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