ギィィ…カランカラン
ドアが開くと同時に冷たい空気が流れ込んでくる。
「いらっしゃいませ。」
白のセーターを着た受付の女性の目の前に男が近づいてくる。
男の服装は防寒服としてはかなり薄着で、それからも分かるように体を縮こませて震えている。
「今日は今年一番の冷え込みに、この姿では寒かったでしょう。
中に暖かいスープと食事がありますよ。すぐに部屋を用意しましょう。」
男はズボンの右ポケットから財布を出して開けようとするが寒さで指がうまく動かず苦戦していた。
そしてくしゃみと同時に財布を落とすが、その拍子に財布の口が開いてお金が飛び出してしまった。
しかし財布の中からは銅貨1枚しか出てこない。
もちろん男が拾うのは何も入っていない財布ではなく、転がり落ちた銅貨、
それを拾い手のひらに載せた銅貨を滑らすように受付の台に置いた。
―お代は…―まで言いかけていた受付の女性も思わず絶句してしまう。
「お客様…当ペンションでは銅貨ですとあと5枚ほど必要ですが…お持ちでしょうか?」
受付の女性の言葉に男は頭を横に振り、口をガクガク震わせながら声を出す。
「た、頼む…お金…あとで返す…から…と、泊めさせてくれ」
あとで返す、お金のない貧乏人がその場しのぎによく使う言葉だ。
しかし本当に返ってくることはない、それが分かっている女性はあきれた顔で言った。
「お客様だけを優遇するわけにはいきません。お金がないのでしたら、早急にお引き取りください」
そういうと、受付を後にし従業員専用室に入ってしまった。
受付代の銅貨と床に落ちた財布を拾い落胆する男はドアの前で泣き崩れてしまう。
その姿を2階から見ていた私はその男には何かあると思い、救いの手を差し伸べる事にした。
「そこの君。そう、ドアの前で泣いている君だよ。君の分の部屋代を代わりに払ってあげようか。」
その声に気付いた男は2階からゆっくりと降りてゆく60代のおじいさんに目をあわせる。
「本当ですか?ありがとうございます。」
深々と頭を下げる男を通り過ぎ、受付台備え付けのベルをならして先ほどの女性を呼び出した。
「すまんが、あの人に暖かいスープと食事を与えてやりなさい。お代はわしが払うから。」
受付の女性は男を見るなり―まだ居たの貧乏人―というが、
すかさず私が言った―私の友人だ、粗末に言うのをよせ―の言葉にしぶしぶ男を部屋へと案内した。
+ + + + + +
そして今は食事を済ませて暖炉の前で体を温めている男の隣に私は座っている。
「本当にありがとうございます。何とお礼を言っていいものか…このご恩は必ずや後でお返しします。」
と男は言うが、私は首を振って答える、
「わしはもうこの年だ。君のような若者からもらったお金で楽しい生活を送ろうとは思わんよ。」
男のしかし…という言葉をさえぎって更に話を続ける。
「わしはこの残りの人生、さまざまな人が経験した物語を聞こうと各地を旅している。
君もお礼をしたいのなら一つわしに物語…いや君の歩んできた旅路を話してくれないかな?」
男は納得いかないようだったが、手を口に当てて深く考える。そしてゆっくりと口を開いた。
「 誰が…
*
誰が決めたわけじゃない、この列車に乗ろうとしたのは俺自身だ。やりたい事があったから、前に進みたいと思ったからここにいるんだ。
だけど……
――えぇ〜、3番線"夢"行きドアが閉まります――
プシューガタン
ゆっくりと動き出す列車、乗客のまなざしは希望や不安を抱えながらも、夢という終着駅を見据えている。
そして動いている列車をただ眺めている俺なんて目にもくれないのだろう。
今日もまた、俺は列車に乗れなかった……。
地面に置いてある荷物を手に取りある場所へと向かう。
ホームの一番端に設置されたベンチ、そこに着くと、もう習慣となってしまった動作を坦々と進める。
いつものように3人分あるうちの2人分を俺と荷物が占拠し、いつものようにただぼうっと空を眺めるのである。
別にこの場所からの景色がきれいとかそういうわけじゃないけど俺はこの席がけっこう気に入っていた。
もう自分の席みたいなものになってしまったこのベンチからはあの"夢"行きの列車が最後まで見られる……
でもそれもここを気に入る理由ではない。
たぶん、人から離れたかったんだと思う。
目をキラキラして自分の夢を語る友達を見ていると俺自身がみじめに見えてくるから……何やってんだよ、俺……そんな気持ちから逃げたくてこのホームから遠く離れたベンチに座っているんだと思う。
あの友達はもうとっくに自分の夢を叶えるために"夢"行き列車に乗っていった。
あいつら、元気にしてるのかなぁー。
たとえ元気じゃなくても今の俺には関係ないことかもしれない。
「あのー。」
俺の不意を突くかのように声をかけてきたのは、ここの駅員だった。
何だろう。ここに来る人なんてめったにいないのに……。
「あなた宛にお手紙が届いたので、お届けに参りました。」
俺はご苦労さまと一声かけて、手紙を受け取った。
さっき友達といるのが嫌いだとは言ったが、そんな俺でも気が許せる友達は何人かいる。
この手紙を送った人もその中の1人だ。
この手紙を読むと、その友達や他の友達が"夢"駅までの旅路を順調に進んでいることや、
まだ列車に乗っていない俺に対しての励ましの言葉が書かれていた。
なんか勇気をもらった気がする。
明日こそ列車に乗れるんじゃないかな。
手紙を大事にリュックの中に入れて、俺は目を閉じた。
―― 次の日 ――ー
ここ数ヶ月考えている事、どうして俺は列車に乗れないのだろう。
最後の一歩に必要なものって何だろう。
ある時は1日で答えを見つけて、ある時は数日かけて答えを見つける。
だけど「その答えは違うよ」って誰かが耳元で囁くんだ。
だからまた列車に乗れずにいる。でも今日こそは……列車の扉へと一歩、また一歩と近づいていく。
目の前のドアが開く。
一度、目を閉じて深呼吸……大丈夫、今日は大丈夫だ。と心の中で何度もつぶやいてゆっくり目を開ける。
さぁ荷物を持って"夢"行きの列車に乗るんだ。
その時だった。俺の後方にドアの開閉音がする。
振り返ってみると、そこには普段見慣れない列車が停車していた。
何の列車だろうか。気になって見ていたら、同年代くらいの女性が1人列車から降りてきた。
顔は見えないが、この駅に降りるってことは何か訳ありなんだろうな。
まぁがんばれって心の中で声かけておいて、俺は正面を向く……そこには乗るはずの列車はなかった。
すっかり忘れていた。でもあんまり気にしていなかった。どうせまた来る。
今日は行けそうだったんだ、次行けないわけがない、と俺自身を励ましながら、いつものベンチへと歩いていった。
でもそこには俺の席はなかった。
いつも俺が座っている場所にはもう先客がいた。
服からして、さっきの列車から降りてきた女性だと思う。
とりあえず歩くのをやめて考えた。
別にあの席は俺専用ではないから他の人に座られるのも仕方ないけど、他の場所で座ろうかと思わないわけで……
仕方なく、残っている席に座ることにした。
座る時に彼女もちょっとこっちを向いたが、すぐ他の方向を見てしまった。
一瞬「近寄らないで」とか言われるのかと思ったが、その心配もないみたいだ。
一日の辛抱だ……あまり深く考えず自分のため、明日のために眠りにつこうとした。
しかし、近くから泣き声が聞こえてくるのである。
隣を見ると、そこには大粒の涙を流して泣いている彼女の姿があった。
結局朝まで泣き止まなかった彼女のせいで俺は一睡も出来なかった。
――えぇ〜、まもなく3番線。"夢"行き列車が到着します――
アナウンスが駅全体へと鳴り響く。
昨日の疲れがたまっているのか、のろのろと列車の出入り口へと歩く。
ドアの前に立って列車を待つ間でも頭がぼうっとして、列車の事よりあの彼女のことを考えていた。
どうしてあんな一日中泣いているんだよ。彼女のせいで門出の出発が台無しだ…でも何で一日中泣いているんだ?
怒りは疑問へと変わり、その答えを考えていた。目の前の列車のドアがまた閉まるのも気にせず。
あのベンチへと帰ってみると、まだ女性は泣いていた。
さっきいろいろ考えて見たものの良い答えが思い浮かばなかった俺は直接聞こうとしたが、人との関わりが苦手なうえに泣いている途中に話しかけるのもしゃくに障るだろうと思い、昨日と同じようにベンチに座る。次の日も、次の日も……
+ + + + + +
彼女が着てから5日目の朝、まだ機会をうかがえずにいた俺に彼女が話しかけてきた。
「あなた、なんであの列車に乗ろうとしないでずっとこのベンチにいるの。誰か待っているの?」
―それはきみになんでずっと泣き続けているか知りたいから―って言えばよかったのだろう。
つくづくこの性格に嫌気が差す。適当にあぁと一言言って会話が止まってしまった。
なんて話を切り出せばいいんだろう。そんなことを考えていて緊迫のムードの中、再び駅員が近づいてきた。
「あのーあなた宛にお手紙が届いたので、お届けに参りました。」
手紙を受け取り、差出人を見るとこの前の友人から。
手紙の内容は、残酷なものだった。あのあと友人の乗る"夢"行き列車は脱線をしたらしく、その事故で友人は昔から考えていた"夢"を諦めなければならないというのだ。
手紙の最後にはこう書かれていた。
―俺、これからどうしたらいいんだ?―
返す言葉が見つからなかった。友達から"夢"を奪い恐怖のどん底へと突き落とした"夢"行き列車。
やはり"夢"はかならずかなうわけじゃないんだ。そう思うと不安になってきた。
手紙を持つ指に力を入れてつぶやく…
「俺もどうしたらいいんだ。」
―― 数日後 ――
ここ数日はずっと空を眺めている。別に何かを考えているわけでもなく。
つい先日まで彼女が泣く理由を聞こうと考えていたがそれも遥か昔のように忘れていた。
そんな中彼女が俺に頻繁に質問するようになった。始めのうちは俺は生返事しかしなかったが、しだいに俺も俺自身のことを話し始めていた。
俺は小さい頃から好きなことがあって、次第にそれを将来やろうと"夢"見て、家族と一緒に乗る"子ども列車"から降りた。
でも現実は甘かった。
世間の人間は俺のことを"夢"の見すぎとか言って俺に才能ないと杭を打ってくる。
だからこのまま"夢"行き列車に乗っても終着駅までたどり着けないんじゃないか。って考えていつもドアの前で足がすくむ。
そんな俺自身が情けなくて結局"夢"への自信がなくなってしまった。そして今に当たるわけだ。
「じゃあなたが受け取った手紙にはなんて書いてあったの?」
「―俺、これからどうしたらいいんだ?―だよ。」
「あぁ〜だからあなたこの前、俺もどうしたらいいんだって言ってたのね。案外男の子ってすぐくじけるのね。彼なんて…」
そういうと彼女はうつむいてしまった。
ここで俺はこの数日間彼女に言わなかったあの質問をする。
「きみはなんで泣いているんだ。時折苦しそうな表情をするのは何で…」
彼女はおもむろに話し始めた。
彼女には彼氏がいて、その彼氏は彼女が"夢"行き列車に乗る事を快く思っていないらしく、それに乗るのなら別れようと言ってきたのだ。
だから彼女は"夢"を取るか、彼氏を取るかと苦悩しているらしい。
俺はまたかける言葉が見つからなかった。そんな中
「あなたは"夢"行き列車に乗ってね。あなたがいない間に見させてもらったあのノートの中身、とっても上手く出来ていると思うから。」
「なっ…なんで見るんだよ。……で、どれが気に入った?」
それから彼女は俺のことを励ましてくれた。
そんな彼女のためにも俺は今度こそ"夢"行きの列車に乗る事を決意する。
だけど俺だけじゃない彼女も一緒に。
だけどそれを口にするのが恥ずかしかった。
だから小説にして送ろうと思った。そう俺の"夢"は小説家。
この思いをペンに、紙に伝えていく。
そんな中彼女の彼氏から手紙が来た。
―僕が悪かった。だからもう一度やり直そう。10日後に迎えに行く―
彼女はこの駅に着いたときのようにまた悩んでしまった。
そんな彼女にこの思いを早く伝えようと小説を書こうとするが、最後の文章がなかなか浮かばなかった。
刻々とせまる期日……とうとう彼氏が迎えに来る日まであと1日となってしまった。
その日は夜になるまでお互いを励ましあったり、思い出話をした。
そして彼女は明日のために眠ってしまった。
彼女は寝る直前にぼそっと言ったのだが、結局彼氏の元へ戻る事を決めたらしい、俺の思いを伝える前に……仕方ないかと思いたかった。
それでも、だめだとして、彼女にこの思いだけでも伝えたい。
最後の文を付け足した小説を彼女の荷物の上において俺も眠りについた。
+ + + + + +
次の日、俺の隣に彼女の姿はなかった。昨日から分かっていたことだ。
仕方がないんだ、悔しがっちゃだめだと自分に言い聞かせ荷物をまとめる。
彼女は彼女なりに結論を出したんだ。それを裏切るわけにはいかない。
今度こそあの列車に乗ろう。いつも座っていたベンチを後にし、列車の入り口へと歩いた。
歩いている途中、きみと過ごした日々が思い出となって頭に浮かび上がる。
一歩、一歩と歩んでいくたび、きみへの想いが込み上げて来て、あと一歩の時にはあふれる想いが涙となって頬をつたっていた。
ぬぐってもぬぐっても流れる涙を止めることが出来なかった。
ドアが閉まるアナウンスが流れてもあふれる思いを押さえつけることに必死だった。
閉まっていくドア……また今日も乗れないのか、それでもいいなぁと思っていた……
その時、俺は誰かに呼ばれた気がした…気がついたら俺は列車の中に入っていた。
声の持ち主を探そうと涙をぬぐう。すると目の前にはきみの姿があった。
「もう、私がいないとあなたはだめなんだね」
と言うと俺の額を指で小突いて…抱きしめた。
きみは―ありがとう―と泣きながら言った。
きみの手には俺の小説、しかも最後のページが開いていた。
俺の目に映る最後の言葉、俺の気持ちを君に伝えようという一心から書いた言葉……"一緒に行こう!"
誰が決めたわけじゃない、俺たちは励ましあってこの列車に自分の意思で乗った。
"夢"行きまでは様々な事が俺たちを苦しめるのだろう。
だけどその度に一緒に悩み、励まし、乗り越える。
そうやって俺たちはあの駅…【 交わりの駅 】を背に"夢"を目指すんだ。
*
「そうか、君は小説家だったのか。どうりで普通の人より物語の語りが上手いわけだ。
ところでわしはグレイという名でな語り師をやっとる。わしが語るのは人から聞いた物語でな。
ぜひ先ほどの君が話した物語をわしに売って欲しいのだ。そのお金で本を出すといい。
あの話にわしはとても感動した。本を出せば必ずたくさんの人が君の話を読もうと買ってくれるだろう。」
男は状況がつかめず口をポカンと開けていたが、考える間もなくグレイに話を金貨5枚で売った。
+ + + + + +
3月9日
空気はまだ冷たいがもうすぐ訪れる春に向けて耐える種にお水をやった。
春訪れしとき一番に芽を出し、後に他の花よりも美しい花となってくれるだろう。
後日、男は本を出し今では期待の若手小説家となっているそうだ。
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